One Bestより、
Many Betterな住まい学|後篇

前 真之(まえ まさゆき)

東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授 博士(工学)一級建築士

住んだ後から
気がつくランニングコスト

エネルギー問題への関心が高まっていますが、
家造りに影響は?

たしかに東北大震災や原子力発電所の問題があって以降、エネルギーに関する情報が多く出回るようになりましたが、こと住宅に関していうと、家を建てる際にエネルギー問題を一番に考えている人は多くはないと思います。それよりもまず耐震性や間取り、外観や内装のデザインが先に考えられて、エネルギーに気が回るのはおそらくその後ですね。

しかし、実際に住んでから一番最初に気がつくのが光熱費の問題です。毎日の暮らしの中では、いざという時のための耐震性や、日々見慣れてくるデザインより、「暑い、寒い」といった体感が一番気になります。そして、それを快適に調節するために必要な光熱費の推移も気になってきますよね。実はそのランニングコストこそ、最初に関心を持つべき事柄なんです。

家造りの段階で、ランニングコストのことまで気にする人は少ないのが現状だという。

何のエネルギーを
省けば良いのかを見極める

ランニングコストを減らすためには、
やはり省エネですか?

省エネというと、太陽光発電や照明をLEDに変えるなどがイメージされがちですが、まずは自分の家の中では何にどれだけのエネルギーが使われているのかということを把握すべきです。

多くの人は、照明や空調などに目が行きがちですが、今の時代照明はほとんどLEDに変わってきていますし、冷房は夏だけ、暖房は冬だけですよね。それにエアコンや冷蔵庫などの家電に関しては、最近はほとんどが省エネモデルになってきていますので、もし古い機種を使っているのなら、新しく買い換えるだけで省エネ効果は確実に出ます。それよりも、一年間通してコンスタントに掛かっているのに、あまり注目されていない光熱費があります。それが「お湯」です。光熱費の中では、実は給湯にかなりのお金が掛かっているのですが、皆さんそこにまだあまり気付かれていないようなんです。

外壁や断熱材など、ハード面の研究はかなり進んでいるという前先生。
前先生の研究室には、住まいや建築に関するさまざまなデータが蓄積されているとのこと。

省エネは
もっと給湯器に注目すべき

給湯器というと、ガス代の節約ですか?

ガス代ももちろんですが、水道代の節約にもなります。どこの家でも水や湯は年間通じて毎日のように使うものなのに、なぜあまり気付かれていないのか?それは普段の生活の中で給湯器を直接に目にする機会があまりないからなのではないでしょうか。普通に暮らしていると、給湯器のことを気にするのは設置後10年前後経って故障したときくらいでしょう。もしかしたらその時に初めて給湯器を目にするという人もいるかもしれません。

元々日本のメーカーの給湯器は性能が良いものが多いのですが、古いものはやはり機能的に劣ってきていますので、これも家電と同様、最新のものに変えるだけで光熱費が下がる可能性があります。
しかし今の世の中、電気代を節約するための家電製品の情報は数多くで出回っていますが、ガスや水道のコストを節約するための給湯器の情報が不十分です。

さまざまなメーカーから取り寄せられた給湯関連機器の数値を日々チェックする前先生。

給湯に、
ハイブリッドという選択肢

では給湯器は
何を基準に選べば良いのでしょうか?

給湯器選びは、家庭において最も省エネ効果が期待できる大事な選択です。特にお風呂好きの日本人にとっては、毎日の暮らしに「お湯」は欠かせないものですしね。またお風呂やキッチンで使うお湯の節約だけではなく、ガス式の床暖房を設置している家では光熱費の削減にもつながります。

給湯器には大きく分けて「ガス給湯器」と「電気給湯器」がありますが、それぞれに一長一短があるので、一概にどちらが良いかということは言えません。ただ最近では、ガスと電気の両方のメリットを兼ね備えたハイブリッド型の給湯器も出てきているので、ガスと電気、どちらかのインフラだけに頼るのが不安という人は、ハイブリッドというのも選択肢の一つに加えても良いのではないでしょうか。

ハイブリッド型給湯器の特性は、高効率と湯切れしないこと。普段の生活でお湯が出ないと本当に困りますからね。これは大事なポイントです。

「ハイブリッド型給湯器には新たな可能性を感じますね」

One Bestではなく、
ManyがBetterなものを

今後、
どのような住まいが求められると思いますか?

これからの時代、特に突出したものは無くても、すべてが程よく心地良いものが求められていくのではないでしょうか。給湯器に限らず、日本の製品は総じて性能が良いものが多いので、それに無理に特別な機能や仕様を設けることで、全体のバランスを欠くことはあまり好ましくないと思います。

住まいも同じで、日本の風土に合った快適な暮らしをおくるのに必要不可欠な仕様や設備を優先させた、普遍的でバランスに良い家が求められるでしょう。

建築業界や住宅メーカーには、「One BestよりMany Better」を考えた住まいづくりを提案してもらいたいと思います。

「One BestよりMany Better」。それこそが、これからの住まいに求められるキーワードだと語る前先生。
前 真之(まえ まさゆき)
東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授 博士(工学)一級建築士

昭和50年広島県生まれ。平成10年東京大学工学部建築学科卒業。平成15年東京大学大学院 博士課程修了、平成16年建築研究所など を経て、同年10月、29歳で東京大学大学院工学系研究科客員助教授に就任。平成20年より現職。建築環境を専門 にし、住宅の エネルギーに関する幅広い研究に携わる。暖房や給湯にエネルギーを使わない無暖房・無給湯住宅の開発にも注力している。