-
早稲田大学創造理工学部建築学科
スマート社会技術融合研究機構(ACROSS) 機構長
田辺新一 教授 -
東京ガス都市生活研究所
三神彩子 所長 -
リンナイ 経営企画本部 総合戦略部
祖父江務 部長
※所属・役職等はすべて
日経ビジネス掲載(2024年8月)当時のものです
二酸化炭素の排出を将来的にゼロにする「ネットゼロ」を推進するにあたり、家庭における「給湯」の省エネ化がいま注目されている。人々の暮らしに大きく関わる給湯。快適な暮らしを実現しながら、給湯のエネルギー消費を抑えるには、私たちは何をすれば良いのか。早稲田大学理工学術院創造理工学部建築学科 田辺新一・教授と、東京ガス都市生活研究所 三神彩子・所長、リンナイの祖父江務・経営企画本部 総合戦略部長に話を聞いた。
(聞き手=日経BP総合研究所 小原隆 上席研究員)
日本の省エネルギー政策の中で、「給湯」の重要性が高まっていると言われています。
その背景を教えてください。
田辺我が国は2020年10月に2050年までに、温暖化ガスの排出を全体としてゼロにする、「2050年カーボンニュートラルの実現」、すなわちネットゼロを目指すことを宣言しました。その中間の2030年度において、温暖化ガスを2013年度から46%削減することを目指すと国際的にも公約しました。家庭部門には66%の削減が求められていますが、その中でもかなりのボリュームを占めているのが「給湯」の分野。1世帯あたりのエネルギー消費量は、給湯が27.2%となっており、実は暖房の25.3%より多いのです(図1)。家庭のエネルギー消費量の3割近くを、給湯が占めているという事実に驚きを持たれる方も多いと思います。
我が国ではこれまで、家庭の省エネ対策として「冷暖房」や「照明」に注力してきました。暖房や冷房の節約を促し、住宅の断熱やLEDの普及に助成金を交付することで、省エネを推進する政策です。
そしてこうした取り組みが一段落したことで、今後は「給湯」の時代が始まると言われています。
給湯の省エネを進めるにあたって欠かせないのが、少ないガス使用量で給湯できる高効率給湯器の存在です。その1つが、「エコジョーズ」と呼ばれる「潜熱回収型ガス給湯器」。これまで無駄にしていた排気熱を再利用して給湯するもので、給湯のエネルギー消費量を削減することが可能です。
ガスから発生する熱を無駄なく使い尽くしてエネルギー効率を高める。これは世界的に見てもすごい日本の発明なのですが、さらにもう1つ「ハイブリッド給湯器」と呼ばれる機器があります。エアコンと同じ仕組みを使い、お湯を沸かすのに時間はかかるが高いエネルギー効率を実現できるヒートポンプに、バックアップとして瞬発力の高いエコジョーズを組み合わせた給湯器。両者の長所を生かせるようにチューニングされ、給湯器の中で最も高いエネルギー効率を実現しています。
これら高効率給湯器の普及に向け、国が大規模な支援を2024年度から開始しています。エコジョーズなら賃貸住宅向けに7万円、ハイブリッド給湯器なら購入にあたり最大15万円*の助成金が支給され、普及の後押しをしている、という状態です。
心地よい暮らしと
ネットゼロの両立を
こうした高効率給湯器に注目が集まるなか、
エネルギー事業者から見た消費者の省エネ意識はどう変化しているのでしょうか?
三神東京ガス都市生活研究所では、ガスを通じた快適な暮らしを実現するためのさまざまな調査研究を行っています。その中で、ここ最近の生活者の省エネに対する意識の高まりは、私たちも強く感じているところです。1990年から3年に1度「生活定点観測」という調査を行っています。毎回同じ内容でアンケートを取っていますので、生活者の意識や行動の移り変わりがよく見えてきます。
調査では、エネルギー価格の高騰をきっかけに、生活の中で光熱費を意識する人々が増えていることが明らかになっています(図2)。「毎月の光熱費を把握している」人は2008年の67.3%から年々増加し、2023年は81.6%に。さらに「ガス・電気を使用する際、月々の料金を考えて使っている」人は、1990年は28.1%でしたが、2023年は64.5%まで増加しています。意識せずに使っていた生活のインフラにも、確実にコストパフォーマンスが求められるようになってきていることが調査からも明らかになっています。
ただし、30歳以下の約4割は「節電のために不便を我慢したり行動を変えたりしたくない」と考えていて、無理なく快適な生活を送りたい、という意識を強く持っていることが伺えます。「心地よい暮らしを維持しながら、いかにしてネットゼロを進めるか」が今後の焦点になると考えられます。
<図2>
毎月の光熱費に対する消費者のコスト意識が高まっている
各グラフの数値は、四捨五入の影響により合計が100%にならないことがあります。出典:東京ガス都市生活研究所「生活定点観測レポート2023」
「環境に良いことをしたい。でも、自らの生活を犠牲にしたくはない…」。
こうしたせめぎ合いの中で、私たち日本人には一体何ができるのでしょうか?
三神「お湯につかる入浴が好きか」を聞くと、86.1%の日本人が好きと答えています(図3)。体の汚れを洗い流すのはもちろん、体を温めてリラックス効果も期待できます。私たち日本人にとって、入浴は大切な文化です。
そうした中で、まずは「できることから取り組んでいく」のが大切で、暮らしにひと手間をプラスするだけでも効果的な省エネ行動は可能です。例えば「お風呂の設定温度を下げる」こと。温度を42度から40度に下げると約9%の省エネになり、金額にして年間約2600円が節約できます。シャンプー中はシャワーを止めて、ひとり1日1分シャワーの使用時間を短くするだけでも十分省エネに貢献できます。
省エネ給湯器を導入することも、そのひとつです。意識せずに省エネにつながるので、せっかく買い替えるなら、省エネ性能の高い物を選んでほしい。そのため、日頃から給湯器について考える機会を持ってほしいです。給湯器は長く使用する機器なのでランニングコストも含めてトータルで考えたいですね。
祖父江さきほど田辺先生からご紹介いただいたハイブリッド給湯器に関して言いますと、リンナイの「ECO ONE」は、投入したエネルギーの1.4倍の熱エネルギーを得られ、エネルギー消費量は従来のガス給湯器のおよそ半分(図4)、ランニングコストは約6割減になる商品です。
しかしながら給湯器は、「壊れてから」買い替えを検討する方が非常に多い。「すぐに欲しい」という事情から、十分に機器の特徴を検討することなく以前と同じ古いタイプを選んでしまいがちになります。
<図4>
給湯一次エネルギー消費量(GJ/年)
国立研究開発法人建築研究所(協力:国土交通省国土技術政策総合研究所)による「建築物のエネルギー消費性能に関する技術情報」で公開されている平成28年省エネルギー基準に準拠した「エネルギー消費性能計算プログラム(住宅版)Ver.3.5.0」(6地域)による算出
田辺給湯はコモディティになりすぎてしまったんですよね。よく、「住宅の省エネ化に力を入れている」と言う方にお会いするのですが、給湯の話題になると皆さん口をつぐんでしまう(笑)。「お湯が止まると生活ができない」という意識はあるのに、日頃から考える習慣はない。「給湯ってこんなにエネルギーを使っているんだよ」とお伝えするだけでも、生活者の意識は大きく変わりそうですね。
祖父江給湯をコモディティ化させないために、当社では「お湯の質」を高める技術開発を行っています。例えば、エコジョーズやECO ONEに搭載している「Air Bubble Technology(エアバブルテクノロジー)」。これは、リンナイの独自技術を利用した新しい給湯システムです(図5)。空気に微細な泡を含ませてお湯そのものにさまざまな機能を持たせる技術(右ページ)で、お湯の豊かさや価値向上に努めています。日頃から給湯器に関心を持っていただき、省エネで快適な給湯器を選択していただきたいです。
社会の成長につながる
ネットゼロを模索
今後、省エネやネットゼロはどういった方向に進んでいくと思いますか?
三神ここ数年で、カーボンニュートラルやネットゼロといった言葉はずいぶん社会に浸透しました。一方で個人にフォーカスすると、「ネットゼロのために何をすればいいのか分からない」という声を依然として多く聞きます。その道筋を「見える化」することが、生活者の行動を変えるために有効と私たちは考えています。
そこで都市生活研究所では、ガス・電気・水の節約につながる68の具体的な行動を取り上げ、その行動を金額やCO2削減量に換算するとどれだけ省エネになるかが一目でわかるウェブサイト「ウルトラ省エネブック」を運営しています。最近では、子供たちの「教育」にも力を入れています。環境省の実証事業として、小中学校・高等学校向けの省エネ教育プログラムを開発し、2017年から全国約1万人を対象に実施しました。「ナッジ*」と呼ばれる行動経済学の知見を活用しており、この教育を通じて家庭のCO2排出量を約5%も削減できました。
これからの日本を担う世代が「省エネって楽しい」とポジティブに捉えてくれるようになれば、日本の未来が良い方向に変わっていくのではないでしょうか。
田辺2024年4月から「省エネ性能表示制度」が始まり、賃貸住宅における年間の光熱費目安がわかるようになるなど、省エネの見える化はどんどん進んでいます。それをもとに「できることを確実にやっていく」のは本当に大切です。
一方でその行動が「社会の成長・利益につながるか」という視点も持ち合わせていないといけません。経済産業省では今、「第7次エネルギー基本計画」の策定に向けて多くの議論をしているのですが、これが非常に難しい。
例えば、今話題の「生成AI(人工知能)」は、膨大なデータ計算を必要とするため、大量のエネルギーを消費します。今後は、これをいかに抑えるかという対策も考えていかなければいけません。しかし、あまり規制を厳しくすると産業が萎縮してしまい、世界から遅れを取ってしまう。こうしたことがあらゆる分野で起こっていて、「産業を守りながら、ネットゼロに向かっていく」ための新しい発想が求められています。
田辺給湯というテーマはまさにこの問題と直結していて、それは私たち日本人の「お風呂文化」と関わりがあります。日本人は、老若男女問わずお風呂が大好き。日本の夏は高温多湿で、冬は寒い。だから1年を通して入浴する人が非常に多いんです。
お風呂の給湯は、生活の中で大きくエネルギーを消費する部分。とはいえ、風呂文化は捨てられない。ネットゼロに向けては、お風呂の省エネが欠かせません。「毎日浴槽に浸かっている」人の割合は、米国では10人に1人ですが、日本では夏でも3人に1人以上、冬なら2人に1人もいます。