細尾 真孝細尾12代目当主
京都に元禄元年から続く西陣織の老舗「細尾」。その12代目当主の細尾真孝氏は、「日本の西陣織」を「世界の西陣織」へと飛躍させた人物としても知られている。確固たる日本の伝統の美意識があるからこそ挑戦ができると語る細尾氏は、G:LINEをどう評価するのか。東京のショールームでお話を伺った。
G:LINEの「無駄を削ぎ落としていく」というデザイン思想は、日本の美学、美意識にも通じるものがあると思います。ギリギリまで削ぎ落とす過程で、「なぜこれが必要なのか」というところまで機能を徹底的に突き詰めた、最終形のようなものを見せていただいた気がします。
西陣織は、金糸をはじめとした多くの種類の糸を使い、複雑な構造で織り上げるので、きらびやかなイメージもありますが、その一方で必要最小限に削ぎ落としていく方法や技術も突き詰めてきた歴史があります。日本人にとっての引き算の美学というものは、分野を跨いで通じるものがあると思っています。
最小限まで削ぎ落とされたデザインで、しかも鋳物のテクスチャーとガラスの天板の、同じ黒でありながら異なる素材感のコントラストも洗練されています。火が出る部分の穴の形に変化があるのは、初めはデザインなのかと思いましたが、火加減を調整するためなんですね。機能と美しさが絶妙な調和を保っているデザインに、改めて感服しました。ただ引き算をして「シンプルにしました」という話ではなく、本当に必然といえる要素の中でのミニマルデザインを追求しているのですね。
ごとくを触った時に、どっしりとした重厚感のある印象を受けました。透明感のある軽やかなガラス天板との質感のコントラストがあるから、それぞれの特質が際立ってくるのではないでしょうか。我々自身もそうですよね、いろいろなタイプの人が共生するからこそ、個性が光ってくるわけです。
海外にもミニマルデザインの洗練されたプロダクトは数多く存在しますが、G:LINEはさらにもう一歩踏み込んで削ぎ落としていった印象があります。インパクトのある美しさは、きっと国境を超えて共感を呼ぶでしょうし、日本のクラフトマンシップに支えられたプロダクトだと知ることで、さらにその品質を信頼してくれるのではないでしょうか。
毎年、4月に開催されるミラノサローネで新作を発表してきましたが、常設展示として、もっとしっかり見ていただきたいと思い、場所を探してきました。去年の2月にいい出会いがあって、ようやくミラノのブレラという非常にデザインが盛んなエリアにある歴史的建造物に、ショールームを持つことができました。今はそこを会場に、常時発信をしています。
日本の着物の歴史を紐解いていくと、時代によって色の意味合いが変わってきたという事実にも行き当たります。黒が大きな役割を持つようになったのは、徳川家康の時代と考えられています。それまでの権力者は、艶やかで豪華絢爛な衣装を好みましたが、家康は黒い衣装を好んで着用したため、それ以降、黒が権力者の象徴的な色となっていきました。
注目すべきは、黒といっても下地に赤を入れてから黒を染めるなど、より深い黒を出すためにさまざまな試行錯誤が行われてきたということ。日本には、さまざまな深みのある黒があるのです。
織物は素材、染色、織りの違いで、まったく表情の異なる黒を表現できます。例えば、和紙に漆を塗り、細かくカットして織り込んでいく織物もあれば、本銀を酸化させて出す黒もあります。面白いものとしては、緑やブロンズのニュアンスを入れた黒も。僕らは現代のテクノロジーによって生み出された黒、例えばベンタブラックといわれるような、光をすべて吸収する「最も黒い物質」の再現実験にも取り組んでいます。
ベンタブラックは、東京大学と共同で研究開発しています。温度によって色が変化するものができるかというテーマについても研究しています。西陣織だからこそ、複雑な構造を設計することができるし、太さや形状などさまざまな種類の糸を織り分ける技術によって、ポテンシャルを広げることが可能なのです。
これまでもドレスやサンダル、家具などをつくり、可能性を広げてきました。今後、ビルの外壁材など、塗装代わりにもなっていくのではないかと期待しています。実際、大阪万博では幅約64×高さ13mの、外壁がすべて西陣で覆われるパビリオンも建ちます。
織物は有史以来、人の暮らしと共にありましたが、普通に暖を取るだけなら木の皮や毛皮を纏うだけでもよかったところを、わざわざ手間暇をかけて美を求めてきたところにルーツがあり、今後のテーマとなるヒントがあると思っています。人はより美しいものをつくるために努力を重ねきたのであり、そのバトンを繋ぐ役目こそ、僕たちが担っていると考えています。
私は、物事を突き詰めて考えていくのが好きですし、織物とテクノロジーの関係には非常に興味深いものがあります。織物が究極の美を求めていく中で、これまでにもさまざまな技術、テクノロジーが進化してきました。今の時代にしか表現できない美しさがあるのなら、最先端テクノロジーを総動員して追求することも必要だと思います。
細尾の店は、多くの伝統職人の協業でつくり上げる「工芸建築」をコンセプトとしています。自宅でも同様に、多くの伝統工芸要素を取り入れていますが、そのひとつに「研ぎ出し」という技法があります。石をセメントに入れて、職人が磨き上げながら形を出していく左官技法で、自宅のキッチンも黒の研ぎ出し仕様となっています。研ぎ出しの黒のテクスチャーとG:LINEの黒が組み合わされれば、多様な質感のレイヤーを持つ黒の空間が表れると思い、想像するだけでワクワクします。
ふだんはあまりしませんが、料理をすること自体は好きです。パスタと肉を焼くことくらいしかできませんが、肉は火加減次第で焼き上がりが変わってきますよね。G:LINEは、火加減を細かく正確に調整できるので、ぜひ自分なりの究極のステーキに挑戦してみたいです。
僕らは「More than Textile」というメッセージを掲げ、織物の常識を超えたもの、今までなかったものへの挑戦を続けてきました。世界的にも職人が少なくなっているので、その流れを変えるきっかけ的な存在になれたら嬉しいですね。
美しいものを見たり、自分にとって新しいものごとに触れる際に、インスピレーションを得ることが多いですね。同じ環境で同じようなことをやり続けていくと、マンネリ化して考えなくなってしまうので、自分に負荷をかけながらでも、少しずつでも新しいチャレンジを続けるように心がけています。
日本の西陣織をさらに世界の西陣織に発展させるために、まずはもっともっと自分を磨き、成長させていきたいと思っています。海外に拠点を設けたことも、いい刺激になっています。今日のG:LINEとの出合いも、インスピレーションに満ちた刺激的なものとなりました。
1978年、京都府生まれ。1688年創業の「細尾」12代目当主。2012年、京都の伝統工芸を担う若手後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。16年からMITメディアラボ・ディレクターズフェロー。デヴィッド・リンチほか著名アーティストとのコラボレーションでも話題に。17年、ミラノデザインアワードベストストーリーテリング賞受賞。