- 早稲田大学 創造理工学部 建築学科
- 田辺 新一 教授
※所属・役職等はすべて日経ビジネス掲載(2025年11月)当時のものです
GX2040ビジョンでくらしのエネルギーはこう変わる
2025年2月、GX2040ビジョンと第7次エネルギー基本計画が閣議決定され、従来の「我慢する省エネ」から「ウェルビーイング※1を実現する脱炭素化」への転換が明確に示された。注目すべきは、家庭部門のエネルギー消費の約3割を占める「給湯」が、重要政策課題として位置づけられたことだ。建築環境、省エネルギー分野の第一人者である早稲田大学の田辺新一教授に、GX2040ビジョンの本質と給湯器が果たすべき役割について聞いた。
(聞き手=日経BP総合研究所 小原隆 上席研究員)
GX2040ビジョンが私たちのくらしにどう影響するのでしょうか?
脱炭素化と豊かなくらしを追求
重要な論点がいくつかあります。第1に、2023年施行の改正省エネ法の流れをさらに加速させて、国のエネルギー政策が「省エネ」だけでなく「非化石転換」を明確にしたこと。 第2に、エネルギー政策と産業政策が一体化したことです。
GX2040ビジョンでは脱炭素化を経済成長の制約ではなく、成長の機会として捉えています。日本のヒートポンプ技術やハイブリッド給湯機を世界に展開していく。国際標準化戦略も含めて、産業競争力の強化と脱炭素化を同時に実現する方針です。
第3に「ウェルビーイング」です。GX2040ビジョンや2025年6月13日に閣議決定された経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針) 2025では、脱炭素化を目指すに当たり、人々の生活のアップグレードやライフスタイルの転換をしていこうと言及されています。これはまさに、ウェルビーイングの向上なくしては語れないと私は考えています。カーボンニュートラル実現に向けてみんなで我慢しよう、ということでは経済もくらしも行き詰まってしまいます。脱炭素化するとともに、人々の健康や幸福、くらしの快適性を追求できる持続可能な仕組みを作っていこうとしています。
日本のエネルギーの85%は海外から輸入しているからこそ、徹底的に省エネするという方針は曲げてはいけない。ただしウェルビーイングと両立させようというのが新しいエネルギー政策の本質なのです。その中で重要になるのが「給湯」です。
GX2040ビジョンとは?
2050年の日本のカーボンニュートラル化に向け、GX(グリーン・トランスフォーメーション)の取り組みの中長期的な方向性を示すために掲げた国家戦略。 GX2040ビジョンを示すことで将来の予見可能性を高め、GXに向けた投資を加速させることを狙いとする。
GX2040ビジョンで実現を目指す未来とは?
日本が目指すのは、エネルギーの安定供給と脱炭素、経済成長を同時に実現する社会。そのために以下の3点を重視し、政策の具体化を進めている。
▶再生可能エネルギーの主力電源化、原子力の活用などを通してエネルギーの自給率向上を目指すこと
▶エネルギーの安定的な確保に向け、徹底した省エネを実現できる社会・産業構造へ転換を行うこと
▶脱炭素分野で新たな需要・市場を創出し、日本経済の産業競争力強化を行うこと
2040年に向けた温暖化ガスの削減目標は?
2050年のカーボンニュートラル化に向けた整合的で野心的な目標として、2035年度、2040年度において、温暖化ガスを2013年度からそれぞれ60%、73%削減する。
温暖化ガス削減に当たり、エネルギー転換・くらし分野での具体的な施策は?
【エネルギー転換】
▶再エネ、原子力などの脱炭素効果の高い電源を最大限活用
▶トランジション手段としてLNG火力を活用するとともに、水素・アンモニア、CCUS等を活用した火力の脱炭素化を進め、非効率な石炭火力のフェードアウトを促進
▶脱炭素化が難しい分野において水素等、CCUSの活用
【地域・くらし】
▶地方創生に資する地域脱炭素の加速→2030年度までに100以上の「脱炭素先行地域」を創出等
▶省エネ住宅や食品ロス削減など脱炭素型のくらしへの転換
▶高断熱窓、高効率給湯器、電動商用車やペロブスカイト太陽電池等の導入支援や、国や自治体の庁舎等への率先導入による需要創出
▶Scope3排出量の算定方法の整備などバリューチェーン全体の脱炭素化の促進
住宅の省エネ化の鍵は給湯
なぜ給湯が重要なのでしょうか?
GX2040ビジョンのもと、2027年度以降に適用される省エネ住宅の新たな認定基準であるGX ZEH※2では、35%の1次エネルギー消費量の削減が必要ですが、実現するには深掘りした対策が必要になります。
なぜなら、すでに多くの部分で省エネが進んでいるからです。 照明はLED化でこれ以上は下げられない。冷暖房も高効率エアコンが普及して、さらに住宅の断熱性能も大幅に向上した。換気も全熱交換器利用すればこれ以上の削減余地はわずか。家電はGX ZEHにおいては対象外。すると残るのは給湯しかないんです。そして給湯に関わる1次エネルギー消費量は、家庭部門のエネルギー消費の約3割を占めていますので、ここを省エネする意義は非常に大きいのです(図1)。
昔ならば「風呂を沸かさずシャワーで済ませろ」と言われたかもしれません。でも健康寿命の延伸を目指す国としては、やはりお風呂は欠かせません。ゆっくり湯船につかって疲れを取ることは、ウェルビーイングなくらしの1つだと思います。お湯は、日本人が快適にくらすために欠かせない文化として深く根付いています。この文化を守るためにも、省エネと非化石転換を両立させる必要があるんです。
戸建て住宅で新たなGX ZEH基準を満たすには高度エネルギーマネジメントと定置用蓄電池の導入が必須要件となります。さらに昼間の太陽光エネルギーを熱に変えられるハイブリッド給湯機などの機器を導入すれば、高価な蓄電池をアシストできます。
図1 ●家庭エネルギー消費の3割弱は給湯
- 家庭におけるエネルギー消費の内訳(2022年度)
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出典: 資源エネルギー庁「エネルギー白書2024」
図2 ●ガス給湯器市場ボリューム
- ガス給湯器 約274万台(2020年度 リンナイ推定)
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給湯のネットゼロ化には、
既築住宅にあるガス給湯器の置き換えが欠かせない
進化し続ける日本の給湯器
ハイブリッド給湯機の利点はどこにあるのでしょうか?
ガス給湯器も性能は大きく上がっています。例えば潜熱回収型のガス給湯器である「エコジョーズ」は給湯効率が95%と、従来型の約80%に比べて大幅に性能が向上しました。また、空気の熱を利用してより効率的にお湯を沸かすヒートポンプ式の「エコキュート」と呼ばれる給湯機は、2001年に初号機が出て累積1000万台を超えました。当初は安価な夜間電力を使用することを前提に作られており、冬の寒い日には給湯効率が低下したり「湯切れ」の不安からタンクが大きくなるなどの課題もありました。
そうしたなかで登場したのが、エコジョーズとヒートポンプ式の良いところを取り入れたハイブリッド給湯機です。2010 年にリンナイより発売され、2024年度には3万9000台で、前年度比36%増と出荷台数を伸ばしています。
普段は高効率のヒートポンプでお湯を沸かしてタンクに貯めますが、大量のお湯や高温のお湯が必要な時、いざという時にはガス給湯でバックアップできる。そのため、ヒートポンプとして最も効率の良い「45度前後のお湯を、その日のうちに使い切るだけの量を沸かす」という使い方ができるのです。結果的に使用するタンクも小さくて済みますし、 太陽光発電の余剰電力を有効利用できるのも強みです。
バックアップがあると、メインシステムで性能を徹底追求できます。
再エネ中心のエネルギー政策を考えたとき、こうした「万一に備えてバックアップを用意する」ことが世界中で重視されるようになっています。ドイツでは「暗い凪(日照がなく、風が吹かない状態)」が起きると再エネ電力価格が1キロワット時当たり1ユーロになることもあり、再エネ以外の電源が必要になります。例えばCCS、CCUS※3と呼ばれる「二酸化炭素を回収・貯留し、それを有効活用する技術」を取り入れながら、改めて火力発電や天然ガスを利用するなど、既存の技術を進化させてそれをバックアップに使う必要性が議論になっています。
なお温暖化が進み外気温が高くなるとヒートポンプの熱効率が上がります。太陽光発電の自家消費を考えると、電力だけではなく熱でもエネルギーを貯めるという考え方も大切です。
あらゆる住宅に高効率給湯機を
住宅のタイプによって適切な給湯システムは変わるのでしょうか?
戸建て住宅の場合、新築では高効率給湯機の導入が進んでいますが、給湯器の市場ボリュームを考えると既築住宅への高効率給湯機の普及も重要な課題です(図2)。既築戸建てについては敷地面積が狭い住宅での給湯器の置き替えでハイブリッド給湯機がほかの給湯器と比較して有利になります。
難しいのが集合住宅です。新築の場合は住宅の価格が高騰しています。その中でわずかな延べ床面積を給湯機器で占有しても問題視されるようになっています。大きな機器を置く余裕などないというデベロッパーの声も聞きます。
そのため、集合住宅ではまずエコジョーズが現実的な解になりますが、近年ハイブリッド給湯システムのさらなる小型化が進んだことで、デベロッパーからの注目度は高まっています。さらなる普及のためには、ハイブリッド給湯機などの貯湯型給湯機を置ける場所を確保するための容積率緩和などを各自治体でさらに検討してもらう必要があるでしょう。
賃貸住宅では、高効率な給湯機器はなかなか導入されません。その最大の課題は、入居者メリットが見えにくいためアピールをしにくく、オーナーに投資インセンティブが働かないことです。家賃を光熱費込みにするなどの工夫と、入居者のウェルビーイングが高まることをオーナーが訴求できる仕組みが必要です。
日本の技術的な強みをどう活かすべきですか?
日本の給湯技術、ヒートポンプ技術は世界トップレベルです。米国で一般的な電気貯湯式給湯器は、電気をそのまま熱に変えるため、効率は40%程度しかありません。日本の製品が圧倒的な性能であることが分かると思います。性能と快適性に優れ、生活に根ざした道具、つまりウェルビーイングを実現する技術は日本の得意分野なのですが、今後この技術を世界に売っていくためには国際標準化戦略が重要です。トイレの洗浄便座が今海外から注目されていますが、近年は粗悪な製品が出たため、日本を中心にその評価方法の標準を作り、品質の高さを担保してから売り出すことで市場を着実に広げている例もあります。
また、今後は安全保障上エネルギー自給率の向上は欠かせません。ホルムズ海峡が止まれば石油が来ませんし、液化天然ガスは保存が難しいため2週間くらいの備蓄が限度と言われています。資源の乏しい日本は、再エネの生産を増やしつつ、省エネを進め続けることができなければ生き残れません。
アイスランドではすでに水力と地熱でほぼ電力の100%をまかなっていますし、スウェーデンも、水力、風力、原子力で電力は自給されほぼ脱炭素化されています。日本も独自のエネルギー自給の道を見つける必要があるでしょう。その鍵となるのが、日本の給湯技術だと私は考えています。
※1 ウェルビーイング:身体的・精神的・社会的に良い状態にあること
※2 GX ZEH:ZEHとはゼロ・エネルギー・ハウスのこと。年間のエネルギー消費量を住宅で生み出す太陽光発電のエネルギーでまかないエネルギー収支を実質ゼロにする住宅。今後、より高い省エネルギー性能を掲げることが期待され、新たにGX ZEH基準が定義された
※3 CCS/CCUS:CCSは「Carbon dioxide Capture and Storage」の略。発電所や化学工場などから排出されたCO2を、ほかの気体から分離して集め、地中深くに貯留・圧入する。CCUSは、「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略で、分離・貯留したCO2をさらに別用途で利用しようというもの
給湯光熱費を約60%削減。くらしと環境にやさしいリンナイのハイブリッド給湯器「ECO ONE」
「ECO ONE」は電気とガスを組み合わせたハイブリッド給湯器です。電気ヒートポンプと高効率ガス給湯器の特長を活用したシステムで、効率が良いヒートポンプでお湯を沸かし、不足分をガスで瞬間的に補うことでトップクラスの省エネを実現します。
- 業界トップクラスの省エネ性能
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国立研究開発法人建築研究所(協力:国土交通省国土技術政策総合研究所)による「建築物のエネルギー消費性能に関する技術情報」で公開されている平成28年省エネルギー基準に準拠した「エネルギー消費性能計算プログラム(住宅版)Ver.3.9.0」(6地域)による算出(2025年11月現在)
- 業界最小のCO2排出量
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国立研究開発法人建築研究所(協力:国土交通省国土技術政策総合研究所)による「建築物のエネルギー消費性能に関する技術情報」で公開されている平成28年省エネルギー基準に準拠した「エネルギー消費性能計算プログラム(住宅版)Ver.3.9.0」(6地域)による算出(2025年11月現在)。年間給湯+おいだき負荷18.3GJ 電気:電気事業者別排出係数(特定排出者の温室効果ガス排出量算定用) 【令和3年度実績】R5.5.26 環境省・経済産業省公表代替値 LPガス:温室効果ガス総排出量算定方法ガイドラインVer1.0 平成29年3月環境省 従来型ガス給湯器:給湯暖房タイプ
田辺GX(グリーン・トランスフォーメーション)2040ビジョンについて簡単に説明します。これは2050年カーボンニュートラル実現に向け、2040年を重要なマイルストーンと位置づけた政策です(下図参照)。
2050年のカーボンニュートラル実現には産業分野が重要である一方、国民生活に大きな影響を与えるのは「くらし」分野です。そのなかの家庭分野は、日本の最終エネルギー消費の約15%を占め、2030年までに2013年比66%の温暖化ガス削減目標が課されていました。
従来の目標を維持しつつ、さらに2040年に最大で81%まで削減することを目指して、さまざまな施策を打っていこうというのがGX2040ビジョンで掲げられた家庭分野にまつわる部分です。今以上に徹底した省エネルギーと再生可能エネルギーの活用が求められるようになります。